「……さて。本日は。 身体が小さくて、そして、誰よりも心の形が繊細な。 そんな一人の少年と交わした、短い、けれど忘れられない言葉の物語を……。」
「人生は、一歩一歩がすべてです」 —— ジェームス・バリ
第一章:震える背中と、アスファルトの上の静寂
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。 今日お話しするのは、小学校低学年の、ある男の子のことです。
彼は、とても慎重な子でした。 クラス替えや、時間割が少し増えること……。私たち大人が見過ごしてしまいそうな、日々の「小さな変化」に、彼の心はひどく痛んでしまうのです。 学校へ行けない日、この放課後デイにさえ足が向かない日。心と体が疲れ果ててしまうほど、彼は一生懸命に、世界と向き合っていました。
そんな彼と私、二人きりになったのは、ある日の散歩の帰り道。 信号待ちの、ほんのわずかな時間のことでした。 激しく行き交う車の群れ。私は、彼の目線に合うよう、ゆっくりと膝をつきました。 「この子を守らなきゃいけない」 そんな本能に突き動かされるように、彼を包み込むようにして寄り添ったんです。 その時、小さな、震える声が聞こえました。
「……先生といると、安心するよ」
その一言が、私の胸に、じゅわっと溶けるように広がっていきました。
第二章:勝ち負けの「出口」に立っていた、私への問い
今では、彼は「先生ー!」と笑顔で駆け寄ってくる、ツーカーの仲。 けれど、やはり波はあります。ゲームに負けそうになると、悔しくて、涙が溢れてしまう。
「先生は、負けても、なんで泣かないの?」
そう聞かれた時、私はふと、自分の歩んできた道を振り返りました。 私は25年もの間、予備校や塾という「勝ち負け」がすべてを決める世界に身を置いてきました。「勝つことこそが正義だ」と、そんな技術ばかりを教えてきたのかもしれません。 けれど、今の私の答えは、少し違います。
「先生だってね、負けたら悔しいよ。でも……。 それ以上に、君と一緒に遊べて『楽しいな』って思う気持ちの方が、ずっと、ずっと大きいんだよ」
第三章:負けることが「勝ち」に変わる場所
勝ち負けという狭いものさしだけで見れば、負けは「終わり」かもしれません。 けれど、負けることで人の痛みが分かり、誰かとの繋がりを大切にできる。 そんな「負けるが勝ち」という穏やかな場所が、この世界には確かにあるんです。
勉強の正解数や、ゲームのスコア。そんな数字よりも、彼が今「安心」を感じて、誰かと笑い合えたこと。その心のぬくもりこそが、いつか彼が社会という大海原へ漕ぎ出す時の、一番強い帆になると、私は信じています。
エピローグ:広い空を、その子らしく
皆さま。 お子様が周囲に馴染めなかったり、勝ち負けに苦しんでいたりすると、どうしても将来が不安になりますよね。けれど、どうか、焦らないでください。 受験や成績という狭い窓から見える景色が、世界のすべてではありません。
もっと大きな視点で、彼らが自分らしく、この社会を胸を張って歩いていけるように。私たちは、その「安心の根っこ」を、皆さまと一緒に育んでいきたいと思っています。
また、同じ言葉を繰り返させてください。
「人生は、一歩一歩がすべてです」 —— ジェームス・バリ
焦らず、一歩ずつ。その確かな歩みの先に、彼らしい未来が広がっているはずですから。
それではまた、次の小さな一歩でお会いしましょう。

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